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ちょうど1年前、新宿にある輸入ピアノさんのお店をお借りして、この大変貴重な座談会を取材させていただきました。何度見ても安川加壽子先生の偉大さ、そしてお弟子さんたちの敬愛を感じ、感動しないではいられません。座談会にご協力いただき本当にありがとうございました。
つづく後編もぜひご覧ください!
日本のピアノ教本と言えば、長らく、バイエル、メトードローズだったのですよね。今はどうなのでしょうか?-私が幼少時のピアノの手ほどきをして頂いた先生は、その後、牛田智大君や角野隼斗さん、角野未来さんのほか、ショパン国際ピアノコンクールファイナリストも複数育てていらして、見事なピアノ音痴だった私は、不肖の弟子を名乗るのも先生に失礼な気がして申し訳ない。ただ、最近は指を鍛えるための機械まで開発していらっしゃるという先生のレッスンも、私が教えて頂いた60年代には、教本はまだバイエル、メトードローズでした。でも、最初のレッスンで、ピアノに向かった際に肘が直角になるような椅子の高さや、腕や肩など、上半身の力を抜いて腰の一点で支え、力を指先6ミリくらいに集中できるようにするための座り方、それに「手は卵をそっと握っているように丸くするのよ」と仰って、身体を機能的に使うことをとても熱心に教える先生だなぁ、と思ったのを鮮やかに覚えています。子供の指導も、教材云々だけではない面は、もちろんたくさんありますよね。*****そういえば、確か2006年頃のことだと思うのですが、ウィーンのパウル・バドゥーラ=スコーダ宅にお茶に呼ばれて雑談していた際、彼が「それは日本のピアノ教育が古いバイエルなどのメソッドのままだからだね」と言ったのを覚えています。どういう話をしていてそういわれたのか、もう記憶にありません。その日は、彼はフランスに演奏旅行に行くための準備をしている最中で、たまたま、新たに購入したヴァルターのハンマーフリューゲルのために空調設備を入れるので、工事の人が来るから、その間なら少し話せるね、ということでお伺いしました。なので、空調工事が終わると、彼は早く練習を再開したくてそわそわしだしたので、ウィーんでは、どういう教材を使ってピアノを教えていたのか、聴きそびれてしまったのが残念です。-私が日本で学生だった80年代の時点で、通常の学校の音楽教育のメソッドは、ハンガリーなどではずいぶんユニークなやり方をしているということを、教職必修の音楽教科教育法の時間に学びました。それなら、ピアノ教育も、ハンガリー辺りでは、バルトークを使っているような気もするのですが、ウィーンではどうなのかなぁ?ドイツにも、音楽幼稚園なるものがあるので、子どもに音楽教育を始めるのに、バイエルやメトードローズを使うとは思えない。-70年代の日本でも、私が引っ越した先で通っていた、アメリカ系ミッションスクールである私の母校の中高の付設音大の付属音楽教室では、幼稚園生を対象にした幼稚科では、楽譜を使わずにまず音に慣れるように遊びで音感を鍛える。小学校段階からソルフェージュの初等科で聴音書き取りなども始まるものの、それも、いわゆる芸大受験準備(入学後も)のソルフェージュクラスのような、無調、ポリリズムの曲を書きとったり、初見で弾かせたり歌わせたりするものとは全く違う。ハイドンの交響曲を書きとらせて和声分析をしたり、パレストリーナのアカペラ合唱、ヘンデルのブロックフレーテ合奏など。この私の母校の中高の付設音大の付設音楽教室では、ピアノやヴァイオリンなどの個人レッスンは、必修のソルフェージュを受講した上でオプションとして習う。もちろん、個人レッスンは外部で習う人も多かったのですが、それにしても、幼稚科で楽譜使わずに遊ぶことを教えているのに、ピアノはバイエル、メトードローズで教えていたのかなぁ、と。
ちょうど1年前、新宿にある輸入ピアノさんのお店をお借りして、この大変貴重な座談会を取材させていただきました。何度見ても安川加壽子先生の偉大さ、そしてお弟子さんたちの敬愛を感じ、感動しないではいられません。座談会にご協力いただき本当にありがとうございました。
つづく後編もぜひご覧ください!
日本のピアノ教本と言えば、長らく、バイエル、メトードローズだったのですよね。今はどうなのでしょうか?
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私が幼少時のピアノの手ほどきをして頂いた先生は、その後、牛田智大君や角野隼斗さん、角野未来さんのほか、ショパン国際ピアノコンクールファイナリストも複数育てていらして、見事なピアノ音痴だった私は、不肖の弟子を名乗るのも先生に失礼な気がして申し訳ない。
ただ、最近は指を鍛えるための機械まで開発していらっしゃるという先生のレッスンも、私が教えて頂いた60年代には、教本はまだバイエル、メトードローズでした。
でも、最初のレッスンで、ピアノに向かった際に肘が直角になるような椅子の高さや、腕や肩など、上半身の力を抜いて腰の一点で支え、力を指先6ミリくらいに集中できるようにするための座り方、それに「手は卵をそっと握っているように丸くするのよ」と仰って、身体を機能的に使うことをとても熱心に教える先生だなぁ、と思ったのを鮮やかに覚えています。
子供の指導も、教材云々だけではない面は、もちろんたくさんありますよね。
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そういえば、確か2006年頃のことだと思うのですが、ウィーンのパウル・バドゥーラ=スコーダ宅にお茶に呼ばれて雑談していた際、彼が「それは日本のピアノ教育が古いバイエルなどのメソッドのままだからだね」と言ったのを覚えています。
どういう話をしていてそういわれたのか、もう記憶にありません。
その日は、彼はフランスに演奏旅行に行くための準備をしている最中で、たまたま、新たに購入したヴァルターのハンマーフリューゲルのために空調設備を入れるので、工事の人が来るから、その間なら少し話せるね、ということでお伺いしました。
なので、空調工事が終わると、彼は早く練習を再開したくてそわそわしだしたので、ウィーんでは、どういう教材を使ってピアノを教えていたのか、聴きそびれてしまったのが残念です。
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私が日本で学生だった80年代の時点で、通常の学校の音楽教育のメソッドは、ハンガリーなどではずいぶんユニークなやり方をしているということを、教職必修の音楽教科教育法の時間に学びました。
それなら、ピアノ教育も、ハンガリー辺りでは、バルトークを使っているような気もするのですが、ウィーンではどうなのかなぁ?
ドイツにも、音楽幼稚園なるものがあるので、子どもに音楽教育を始めるのに、バイエルやメトードローズを使うとは思えない。
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70年代の日本でも、私が引っ越した先で通っていた、アメリカ系ミッションスクールである私の母校の中高の付設音大の付属音楽教室では、幼稚園生を対象にした幼稚科では、楽譜を使わずにまず音に慣れるように遊びで音感を鍛える。
小学校段階からソルフェージュの初等科で聴音書き取りなども始まるものの、それも、いわゆる芸大受験準備(入学後も)のソルフェージュクラスのような、無調、ポリリズムの曲を書きとったり、初見で弾かせたり歌わせたりするものとは全く違う。
ハイドンの交響曲を書きとらせて和声分析をしたり、パレストリーナのアカペラ合唱、ヘンデルのブロックフレーテ合奏など。
この私の母校の中高の付設音大の付設音楽教室では、ピアノやヴァイオリンなどの個人レッスンは、必修のソルフェージュを受講した上でオプションとして習う。
もちろん、個人レッスンは外部で習う人も多かったのですが、それにしても、幼稚科で楽譜使わずに遊ぶことを教えているのに、ピアノはバイエル、メトードローズで教えていたのかなぁ、と。